夜明けのポンチョマン

さすらいさすらってながれてながされて

ショートショート〜『無口な妖精』〜

最近、私はとてもストレスが溜まっている。

 

どうも会社の課長とソリが合わないのだ。

 

新しい課長は女性で、他の部署から異動してきた。

 

ロングのオールバックをポニーテールで結っていて、その切れ長の無愛想な目つきを隠すかのごとく鮮やかな赤いスクエア型のメガネをしている。

 

いかにもバリバリ仕事ができそうな女といった見た目だが、これがまぁ扱いづらい。


そこは見逃してもいいだろうという仕事の細かい部分をネチネチと指摘してくるのだ。

 

その口調もキリキリとした甲高い声でまくしたてるものだから、当事者以外の周囲の人間も良い気分はしない。


フラストレーションが溜まったある社員が一度、ほんの少しだけ言い返したことがある。

 

課長はそれに対してとんでもない癇癪を起こし、その社員は過去のことも掘り返されたりして結局3時間の怒号を浴び続けるハメになった。


おかげで昼食もとることができず、その社員は開放されるころには顔が憔悴しきっていた。


そんなヒステリーな場面を見たものだから、腫れ物に触るようにもう誰も反抗する者はいなかった。


どうやら彼女は異動してくる前に、その神経質すぎる性格から1年間メンタルの不調を訴えて休職していたらしい。


前の部署でもそのネチッこさと癇癪を遺憾なく発揮し、全社員から嫌われてしまい、たまたま部下が影愚痴を言っているところを目撃してしまってそののち発狂。

 

翌日には体調不良を訴え、ほどなくしてうつ病で休職という流れだ。


我が部署は外れクジを掴まされたということだ。

 

その後の引き継ぎやらなんやらを請け負った部下の社員たちはしばらく眠れぬ日々を過ごしたという。


こちらとしても管理職に突然抜けられても困るので、私たちは何事もないよう、その場ではうまく取り繕って受け流すことに決めた。


しかし問題は私が一番課長と他の社員との板挟みになるポジションにいるということだ。

 

幸か不幸か私はなぜか唯一課長によく思われてるようで、その証拠に私だけKちゃんなんて呼ばれ方をされている。

 

まぁそれもどうかと思うのだが。


他の社員と比べたらいくぶん口調が穏やかになるが、それを補って有り余るほどの板挟みのストレスが溜まっていくのだ。


課長のいないタイミングを見計らって、主任は大丈夫か?などと上辺だけの心配をしてくる。

 

大丈夫ではない、お前がなんとかしろ。

 

この男は自分が課長と接すると常に小言を言われるもんだからそれを嫌って私が緩衝剤になるよう仕向ける張本人なのだ。

 

申し訳程度の気遣いが本当に腹が立つ。


ある日、そのストレスのせいなのか私は妖精が見えるようになった。


いつものように疲れて帰宅したあと、自炊する気力もなく買ってきたスーパーの見切り品のお弁当をテーブルに置こうとしたところ、真ん中あたりにちょこんと確かにそれは座っていた。


それは体長10センチほどで頭でっかちな2頭身くらいの見た目をしていた。

 

最初はびっくりしたが、疲れもあってかすぐにその愛らしい見た目の虜になった。


やけに立派な耳をもち、なぜか口はついていない。


そうか、この子は私の話を聞いてくれるために現れてくれたのね。

 

いつも会社では口をつぐんでしまうから。

 

だから口がついていないんだ。

 

私は試しにストレス発散になればと、この子に話しかけてみようと思った。


でも会社の愚痴をこの子に聴かせる気にはなれなかった。

 

なぜ家に帰ってまで課長に時間を使ってやらねばならんのだ。


そうだ、自作のファンタジーを話してみよう。

 

私は小さな頃からファンタジーの世界を空想するのが好きで、誰に披露するわけでもないのにノートに書き殴っていたのだ。

 

実際に人に話すのも気恥ずかしいし、ちょうどいい。

 

人間の私が妖精にファンタジーを話すというのも奇妙な話だが。

 

どうせなら私が実際に体験したという風に語ってみよう。

 

そのほうが気持ちものりそうだ。


「ねぇねぇ、聞いて。

これは私が小人が住む洞窟を探検した話なんだけどね…」


話し終わると体からスーッとストレスが抜けていくのがわかった。


これはすごい!やっぱりこの子は私のストレスを発散させるために現れてくれたんだ。


話を聞き終わった後、妖精がとても嬉しそうにニコニコしていたのもとても嬉しかった。

 

 

f:id:cobainyashi0815:20200516160522p:image

 


それからというもの、会社でストレスを溜めてきては無口な妖精にファンタジーを話す日々が続いた。


「ねぇねぇ、聞いて!

 

これは私がチョコレートが湧く泉を探しにいったときの話なんだけどね…」

 

このお話はお気に入りなのだろう。いつも以上にニコニコしてくれた。


その日もいつものように話し終わり、あることに気づいた。 

 

もうストックしてあった物語がないのだ。


ファンタジーを話せない日々は一週間続いた。

 

お話ができないことはこんなにストレスが溜まるとは思ってもいなかった。

 

毎日仕事に忙殺される日々、新しい物語を考える暇もない。

 

物語を話せない分、妖精と出会う前よりかえってストレスは増した。


そのせいもあってかある日、私は普段なら犯さないような大きなミスを会社で犯してしまった。


私のことがお気に入りの課長もさすがにこれにはおかんむりで長時間の説教をくらってしまった。


その日はいつも以上にストレスを溜め込んで帰宅した。 

 

いつものようにテーブルにちょこんと座っている無口な妖精。

 

相変わらず話せるファンタジーはない。

 

私は耐えきれず、初めてこの子に課長の愚痴を話すことに決めた。


「ねぇねぇ、聞いて!

 

今日、会社であった話なんだけどさ〜

 

課長に説教されちゃって、まぁそれは私が悪いんだけどね。

 

でもあの甲高い声でネチネチ言われるの本当に腹立つわ〜

 

そりゃ社員みんなに嫌われるって!

 

私にだけは好かれてるって勘違いしてるかもしれないけど、ホントに良い迷惑!

 

なんかあのトレードマークのオールバックのポニーテールも赤メガネもムカついてきちゃった!

 

だからいい年にもなって独身なんだよ!

 

あ〜あ、もうホントに死ねばいいのにあんなやつ!」


無口な妖精はなぜかいつものように笑ってはくれなかった。

 

 

_____

 

 

 

はぁ、今日はいつも以上に疲れた。

 

なんていったって今日は一番可愛がっている部下に説教してしまったのだ。


正直心が痛んだ。


私がこと細かく仕事の指示を出すことをよく思わない社員もいるだろう。


でも嫌われ役を買って出るのも管理職の務めだ。

 

それが原因で前の部署は体調を崩して休職してしまったのだけれど…


前と違うことといえば、私には妖精が見えるようになったということだ。


体長10センチくらいの2頭身ほどの大きさで、やけに立派な口を持った妖精。


耳がついていないところを見ると、普段私が会社でガミガミ言ってる分、誰かの話を聞きたいという欲望の現れなのだろう。


事実、この子はとても面白いファンタジーを話してくれる。


この子が話し終わったあとはいつも余韻に浸ってしまい、ついつい頬がほころんでしまう。

 

前の部署で心の病気を患った私が異動後、なんとか再発もせずにここまで頑張れたのもこの子のおかげだ。


しかし、前までは毎日お話をしてくれていたのにもう一週間も何も話してくれない。


一週間前に話してくれたチョコレートが湧く泉を探しにいった話、とても楽しかったな。

 

「ねぇねぇ、聞いて!」


するとお喋りな妖精が久しぶりに口を開いた。


思わず私は笑みがこぼれてしまう。


今日はどんなファンタジーを聴かせてくれるのだろうか。